知っていると言えること
今思えば庭のある家に住みたいと思ったのは、表現の場が欲しかったからだと思う。
もともとは花の仕事が大好きで、人とお話しすることも大好きで、そもそもはそういった場に自分の身を置くこと自体がとても幸せなことでした。
いつしか年を重ね、後輩の育成が主な仕事で会社における大切な役割となり、私はお店を持たず、それを作り上げる後輩たちのサポートをすることが日常となりました。
後輩の成長を見ることはとてもうれしくて、これまで自分が経験した気持ちを思い出したりして、悩んでいる姿を見ては感情がこみ上げたり、喜んでいる姿を見ては自分のことのようにうれしくなったり、困ったことになれば同じように青い顔になったり。
誰にでも任せていただけるお仕事ではないことがわかるからこそ、ありがたいことだと思います。
そんな中で、私がひっそりと小さくくすぶる花屋心を表現することができるのが、この小さな家の中。
庭で植物や花を育てて初めて知ったこと。
パンジーやビオラは6月のこの時期でもまだ花を咲かせ続けること。
アジサイの株の選定の時期を間違えると、本当に花が咲かないこと。
一度いなくなった植物も、地中に生きていてとつぜん姿を現すことがあること。
「本当に知っている」といえることは、誰かに聞いたことやどこかで目にした情報ではなく、この目で見て経験したことだけなのだということを、実感しています。私はこれまでわかっているようでちっとも知らなかったのだということに気づきます。
そしてそれはきっと、花に限らずすべてにおいて、そうなのだろうとも感じています。